“ローラおばさんと踊る”
原題(Original title):DANCING WITH AUNT LOLA
著者(Author):Prof/Dr. Jürgen Kleist<http://jurgenkleist.com/>
毛布はボクに暖かさと孤独の分別をくれていて、その夜はぐっすりと眠った。
その6
電話がなったとき、ボクは膝をついて昨夜シモーヌが歩いていたカーペットの匂いを嗅いでいた。バスルームにある彼女の匂いの付いたタオルで興奮し始めていた。嫌々ながら、電話に急いだ。電話は上司のハマー所長だった。
「カート」所長は受話器に叫んだ。「聞いてるかい、直ぐにこちらに来て欲しい。信じられないのだ」
「信じられないって、何がですか?」
「新たな症例だ。ニューヨークの銀行家で、ポルシェに乗って今朝着いた。少なくとも、200マイル/時で飛ばしてきただろう。彼と一緒の女性はセンセーショナルだ。直ぐにこちらに来たまえ。中々の景色だ」
「ボクは仕事の最中で」と答えた。「今すぐは無理です。例の本です」
「分かっているよ、カート君。仕事が忙しいのは分かっている。でも、来て欲しいんだよ。それは信じられないから。この現実、この症例で、何冊も本を書けるよ」
「分かりました。参ります」とボクは言った。
「よろしい」ハマー所長は「よろしい、直ぐに来てくれたまえ」 間をおいて「走ってくるのかい?」
「多分」と言った。「近頃は十分に運動をしていませんので。仕事しすぎで」
「分かった」ハマー所長は言った。
「しかし、急いでくれたまえ」彼は電話を切った。ボクは受話器を置いて黒のサーマルスウエットスーツをさっと着て、そしてナイキエアを履いて、白いシャツと好きな絹の靴下、絹のタイ、そして靴とスーツの入ったバックパックを背負って家を出た。ボクは施設の裏道を1マイルほど走った。その後はゆっくりとジョギングした。30分以内には着くだろうと予測していた。
勿論、ボクは施設のハマー所長に嘘をつかなければならなかった。ボクは本(学位論文)の修正を既に終えていた。でも、ちょっとした嘘で有給休暇期間を延ばしていた。ボクは、学位論文のことを話すほど退屈なことはこの世にはないと認識していた。本として出版されるように修正されているものは、特に。全く退屈な学術論文の中で、神経学者が書いたものは一番かったるかった。自分自身のモノは別にして、勿論。と言うのも、ボクはなぜ我々のような社会が神経学的に言ってなぜ間違いなく崩壊するかという証拠を示すことができた。ボクの研究では、現象論的観察から見て、我々の神経系の構造が大きなストレス徴候を示し、そのために確実に退行していることを示している。ボクは正確にアメリカ社会のマインドスケープを定性、定量化することに成功していた。例えば、企業、政治、僧職その他の分野のトップレベルの人達は柔軟で細やかな精神構造であった。ボクは、神経系がそれ自体を取り巻いているものとの緩衝ゾーンの厚みを測定するツール(テンダーマンスケール)を開発した。昏睡に至ることなく人が達しうる最高の精神的絶縁状態レベルをグレード1200としていた。これには、例外があって、前の大統領のリーガンはこのテンダーマンスケールで驚くべきことにグレード1200を220ポイントも上回っていた。リーガンはいまだにこの国を統治している。
マインドスケープの第2レベルには地位の高い人たちがいる:マネージャー、銀行家、判事、大学教授、これらに類する職種の人達である。幾分広範囲の大衆があり、これは小麦のあったかクリーム程の魅力がある。次の第3レベルには、より柔軟で、エキサイティングで、明るいマインドの人達がいる。ここには若く、青白い哲学者、芸術家で赤鼻と黒装束の芸術家、コーヒーハウスのほの暗い明かりの下のチェスプレイヤー、未刊の詩人、燃え尽きた画家そして静かで自暴自棄な生活をしている色気あるそう状態の人たち。しかし、最も柔軟で創造的で鋭いマインドの人達は主流社会の外、山の頂上であったり、砂漠であったりという隠れた谷間に住むことを選択した人達であることをボクは見出していた。
“施設”への可愛らしい谷を下る前に、丘を登るのに苦労している数人の自転車乗りとすれ違った。ボクは髪を風になびかせて丘を下った;空は青く、木々の匂いはボクの感覚を刺激した。公園が始まる200ヤードほど手前で速度を落とし、歩き始めた。何人かがボクに挨拶し、数分後に施設の門に着いた。守衛はボクの身分証を見てうなずき、門を開けた。ボクは白鳥が円を描いて泳ぐ小さな池のそばを通って自分の部屋へとぶらぶら歩いた。患者に付き添っているガード何人かが歩き寄って挨拶した。ある患者がボクに時間を尋ね、応えた。電話ボックスを通り過ぎるとき、中にいる患者に気付いた。その男はボタンを押していた。ボクは立ち止まってその男を見た。彼は5番のボタンを押していた。ボクは手助けがいるかどうか尋ねた。
「動かないんだ」と言った。「このバカエレベーターはまた故障している」
「6番を押して、その後で5番を押してみては?」とボクは言った。彼はボクを見てにっこりと笑った。「うまく行くかな?」
「やってみれば?」と応じて、「やらない手はないよ」と言った。
男は一瞬間をおいて「でもさ、俺は6階には行きたくないんだ。5階に行きたいんだ」と言った。
「6階で降りないで、5を押せばよいよ。うまくいくかも」
「でも、もしそうしなかったら?」
「そのときは6階だね」
「6階で何をするのかな? 6階には何の用もないんだ。実のところ、6階は嫌いなのだ」
「それだったら、別のエレベーターを使わないと」ボクは静かにそう言ってメインビルの方を指差した。「別のエレベーターが何機かあるよ」
「知ってるよ」男は言った。「知っているよ、でもこのエレベーターを試してみたいんだ。あっちのは全部灰色で壁に鏡が付いている」
「そうだね」ボクは言った。「でも、あれは動くよ。あれだったら5階に行けるよ。連れて行ってあげる」
男は、メインビルとボクの間を何度か見て、ボックスから外に出て、深く息をしてため息をついて「よし、別のにしよう」と言った。
「そうそう、いいね」ボクはそう言って彼とメインビルの方に歩いた。エレベーターの一つを示し、うまく行くようにと願った。ボクは階段を走って上って自分の部屋に向かった。シャワーして、チャンと服を着た。右の耳の後ろにエゴイスト(オーデコロン)をつけたとき、ボクの秘書のスロカム嬢がドアをノックした。
「どうぞ」ボクは大声で叫んで言った:「どうぞ」ボクの声は遂に防音効ドアを突き抜けるほどの声で言った。防音ドアは仕事仲間のツッカーマン博士のためにつけられたものだった。彼はボクとは反対の手法を主張する学派の代表であった。彼は足の具合が悪く、頻尿で15分ごとに廊下にゴツンゴツンと音を立ててトイレに行った。
「ハマー先生がお会いしたいとのことで」スロカム嬢は大声で言った。「礼拝堂でお待ちです」
ボクは服を伸ばしてうなずいて彼女の後について行った。彼女は自分の部屋に戻り、ボクは建物の別の端にある礼拝堂の方に向かった。仲間の何人かは、ボクを見て驚き、どうしていたか、本の進み具合、いつ復帰するか尋ねた。
「索引だよ」ボクは言った。「索引が最も長くかかるのだ」 皆は納得し、共感の意を表した。
「5か6週後には戻るよ」彼らの背に叫んだ。
「そん何長くですか」ハーバード大学からの新入りの心理学者マルタ・バン・ザント博士が言った。ボクは彼女が角を回ってこちらに来るのに気付いておらず、もうちょっとで金切声をあげるところだった。
「あー、びっくりした」ボクは空気を求めて言った。「本当に驚いたよ」 彼女は美しいハシバミの茶色の目でボクを見て、笑って、歩き去った。ボクは頭を振ってバレンタインカードと木の実の入ったスイスチョコが過剰表現だったかも知れないと思い巡らせた。何というか、彼女と会ってたった10分後の動物的魅力なのか。ボクは4文字のマジック言葉、マルタ・バン・ザント・博士を口ごもって言った。自分自身が彼女と一緒に乗ってとサハラ砂漠を行き、星を追い、彼女とロウソクの灯ったなかで、さみしいオアシスのそばのヤシの下でキャンプしているのを思わないではいられなかった。ボクはハマー所長が待つ礼拝堂に着いた時点でも深い想いにあった。
「おー、テンダーマン先生、こんなに直ぐに。ジョギングはどうでしたか。彼女は真珠のようで我々の王女様だね。どうぞこちらに、一緒に来てください。NYからの銀行家がまた戻って来ています」
「彼は施設にいなかったのですか?」ボクは訊いた。
「そう、彼を一時間ほど外出させなければならなかった。仕事の電話で幾つか、ロンドン、東京、フランクフルトに電話しなければならなかった、ということで」
「躁状態ですか」ボクは尋ねてポケットから手帳を出した。
「天気のよい日の雲のように早く飛んで」
「いつ彼はこちらに戻ってきたのですか?」
「どういえばいいですかね。3週間近く躁状態のようだった。彼はパリに行って高価な衣類を二人の恋人に買って、NYに飛んで、LAのファッションショーに顔を出して、NYに戻って、バーモントにある酪農農場を購入し、1ミリオンドル相当の株を売って、新たに購入して0.5ミリオンドル稼いだ。いつ落ち込むのか分からない。家族―奥さん、3人の息子、おばさんやおじさん達―はできるだけ長く彼には躁状態でいて欲しいと思っている。でも、鬱状態のときは鍵をかけたドアの向こう側にいて欲しいと思っている。前回どん底状態になったとき、彼と家族の所有するもの全てを売り払ってしまった。今、家族はまたそれをやるのではないかと死ぬほど怖がっている」
「理解できますね」ボクは言った。「こちらでお預かりしておくのが良いと思われますか?」
「分からんね、まだ。だから君と話さなければ。躁鬱病と言うことで、彼を閉じ込めておくことは法的にはできない。家族は、お金を稼いでくれるので、彼が活動期にあるときは愛している。ウツになったときに失踪したりしないように彼をちゃんと保護して欲しい。分かるかい?」
「家族はどこですか?」
「町のホテルにいるよ。彼の状態について1時間ごとに電話してくる。結構参るよ」
「病状観察ということで、ここで預かることはできませんか。2-3日。多分、彼らはそれで幸せでは。その後、強力な抗ウツ病薬を処方して退院させればいいのでは」
「私もそれは考えたんだ。でも、彼見てごらん。この躁状態でここに長くは置いておけないよ。彼は我が施設を遊戯公園に変えてしまっている。彼が連れてきた女性を見てみたまえ。我がスタッフ達は患者たちを落ち着かせておくのに困っている。第4棟の窓の敷居にはヒューヒューと叫ぶ男たちで一杯だよ」
「それほど深刻ですか」ボクは認めた。「今はどこにいるのですか?」
「公園でブリュッセル製のビスケットを白鳥たちに与えている」
「で、その二人の女性は?」
「ポルシェの後ろで、裸で日光浴している」
「見てみましょう」ボクはそう誘って「この状況はコントロールしなければ」 ボク達は礼拝堂を後にして池の方に向かった。
「君の本の方はどうだい?」ハマー所長が尋ねた。
「索引をやっています。これがまた難ブツです」 ハマー所長はうなずいて。「だから、私は作らなかったよ」
「作らなかったんですか?」 「そー」彼はつぶやいた。 「分かりますよ。永遠に続くかと思いますね」
「いつ仕事に復帰するかね?」所長はボクを見て言った。
「分かりません。少なくとも、5-6週間はかかります。その後は、校正作業で、そして第2校正、第3、、、」
「6週間?かなり長くかかるね」
「そうなんです。そー、ボクは施設が有給扱いにしてくれていることにとても感謝しています。この本を先生と施設に捧げたいと思っております」
「本当に?」
ボクはこのことで所長が喜んでいるのが分かった。
「そうです。先生のお名前は随所に出てきます。詳細な引用もしています」
「テンダーマン君、私の名前を引用しなくてもよいよ」
「でも、そうしております」 ボクは所長が詳細を確認しないようにと願った。嘘をつかなければならないのは嫌いだった。
「今日はとても良い天気ですね」ボクは空を指して言った。
「どこに私ことを引用したのかね。知りたいね」
「第3章、第2段落に、少し長い引用です。神経系でゆらゆらと揺れるシステムと、じっと動かないシステムで討議したのを覚えておられませんか。先生は揺れる方を支持されました。とても明確に記憶しています。“ヒッピーヒッピー揺れ”ともう一方は、、、」
「私がそう言った? ヒッピーヒッピー揺れと? 本当かね?」 ハマー所長は目に疑わしさを十分に表してボクを見た。
「先生、ボク引用ミスしましたか?」
「勿論、違うよ。でもヒッピーヒッピー揺れと言った覚えはないね。」
「ひょっとすると、“揺れるごろごろ回転”かも知れません」ボクは柔らかく言った。
「それなら、私らしいぞ!」ハマー所長は叫んだ。「その方がもっと私らしいな、そうだよ」 所長は一人の男が立ってビスケットを白鳥にあげている池の方を示した。ボクは車を見た。燃えるような赤のポルシェカレラ(レース用に改造)を見た。その後ろには二人の美人が日光浴していた。
ハマー所長は銀行家の方に、ボクは車の方に向かった。二人の女性は腹ばいになって雑誌を読んでいた。ボクは近くに歩み寄った。
「あらー」と一人が言った。 ボクは柔らかく対応して「どうぞ、カート・テンダーマン先生と呼んでください」ボクは二人を交互に見て言った。
「ここの施設のスタッフの方ですか?」Vanity Fairを読んでいた方が訊いた。
「スタッフで」ボクはタイを真っ直ぐにして「休暇中ですが」言った。
二人はちょっと互いに見て、先ほどの女性が「私、ロザンナです」
「私はセシール」もう一人の方がうなずいた。
「ロザンナ、セシール、初めまして」ボクは二人に微笑んだ。 「お二人は双子ですね」
「分かります?」Vogue(ファッションライフスタイル雑誌)を読んでいたロザンナが尋ねた。
「あなたは、本当のお医者さん?」セシールは囁いて微笑んだ。 「医者ですよ。なぜ、何がそんなに可笑しいですか?」
二人は笑い出した。
「なんでも、なんでもないです。このあたりに居られるお医者には見えない」とセシールが言った。
ボクはむしろ荒っぽく「スーツを着てても、キチガイではありません。全く。この施設の敷地内で、裸で寝そべっているよりもまともです」
双子はむしろ強く笑って、草の上を、とても愛らしいおなかを抱えて転がり始めた。ボクは所長の方を見た。所長と銀行家は池のそばにいてビスケットを白鳥に投げていた。ボクは座って二人の揺れる体を観察し、一瞬精神異常の銀行家のことは永遠に考えから締め出し、二人の妖精と、カリブのある島に逃避していることを思った。ボクは夢の中に入り込んだ。そこでは自分自身が白い砂の上に座り、シャンペンを飲み、二人の女性を愛撫していた。カメラのシャッター音と、入院と広報担当のシュナイダー副所長の甲高い声を聞いたときにやっと今日は月の第一日曜日で、一般の人達が施設を見学できるオープンハウスの日であることにやっと気づいた。
ボクは歩道に立ち止まっているグループを見た。彼らはカメラをポルシェ、ハマー所長そして白鳥にエサをやっている銀行家、そして二人の裸の女性と、芝生に座るボクに向けていた。我が仲間のシュナイダー副所長は両腕をプロペラの羽のように回してグループを前に移動させようとしていた。でも、子供たちは白鳥をもっと近くで見たいと言い出し、その父親たちはポルシェと二人の女性に興味があり、母親たちは昼弁当を開け、サンドイッチを池の白鳥たちに投げ与えた。既に気が違うほど幸せ状態の白鳥たちは、池の周りを少し飛んで空中でギャーギャーとなき、飛沫を立てて着地した。
シュナイダー副所長はボクの方に走って来て「テンダーマン先生」と叫んだ。「ここはいったいどういうことになっているんですか。皆、ついに気が狂ったんですか。今日は施設の一般公開の日ですよ、知っているでしょう。あれを見てください」かれは双子を指差して「衣類を着ていない女性たち、駐車禁止区域に停まっている車、誰が一体白鳥に餌やりを許可したんですか? 明日になると、こいつらは消化不良起こしてますよ」
彼は池の方に戻って入って、サンドイッチを鳥たちから取り上げようと試みた。セシールとロザンナは静かに服を着て、サングラスをかけていて、とても豪華に見えた。
「あの人は何をしたかったのだ?」ボクはできる限りクールに言った。
「彼を見てよ、サンドイッチのサラミを鳥たちと奪い合ってるわよ」
「彼のことはどうするの?」セシールは銀行家の方を指差して「閉じ込める?」
「長くはないと思うよ。彼をここに拘束する法的根拠はないので。お金を稼ぐことはこの国では犯罪ではない。反対に、金を稼がないことの方が、、、」
ボク達はグループが移動するのを見ていた。「彼がここに滞在する数日の間、あなた方はどうしますか?」
女性は互いに見詰め合い、セシールは肩をすくめた。
「そー、あなたは本当にお医者なのね」ロザンナはボクを見ながら言った。
「そーだよ、ボクは神経科医で、実際のところ、この施設の所長代理だ。このところ、ある本のことで休暇を貰っていて、明日はおばさんを尋ねてLAに飛ぶんだ」
「LAに、それはいいわね」セシールが言った。
「それでドライブしておばさんをメキシコに連れて行くことになるのだろうな。ピラミッドを最後に見たいと言ってるので」
「最後に? 元気ではないの?」
「そうなんだ」とボクは返事した「昨日電話してきて、主治医はあと数週間だろうとのことで。もう一度マヤ遺跡を見たいと言ってる」
「あらー、それは悲しいことね」ロザンナはため息をついた。「そうね」セシールもうなずいて同意した。
「そうなんだ。このことでボクはどうするのがよいか本当に分からないんだ。ローラと言う名前のおばさんで、愛しているんだ。ボクがずーっと運転してメキシコまで、車で、、、わからないけどね」
「ねー、これって面白いかも」セシールが言った。
「彼女は死にかけているのよ」姉妹が言った。「それがどのくらい面白いのよ」 二人は、死にかけている老婦人とメキシコにドライブすることがどれほど面白いかで言い合った。ボクはゆっくりと二人を互いに、繰り返し見た。ある一つの思いがボクの深層心理から導き出されようとした。最初、拒否したが、再び表層に出てきて、より強くなり、そしてアイディアとなった—狂気的なアイディア。
「えー」と言って間を置いた。「えーっとだね」深く息をしてもう一度言った「えーっと」
ロザンナとセシールは言い合いを止めてボクを見た。
「ある考えがあるんだ。とっても素敵な」
「どんなの?」双子は興味を示した。ところが、ボスのハマー所長がボクの肩をたたいて言った。「失礼、お嬢さん方、テンダーマン先生を少しお借りしますよ」
所長はボクの腕をつかんで、二人から引き離した。「キングさんを紹介したい、テンダーマン君」
銀行家は僕たちの方にやってきた。所長は「キングさん、テンダーマン博士です。テンダーマン君、キングさんです」と言った。
ボクは銀行家に挨拶をしてしっかりと握手をし所長は「失礼、紳士方」と言ってポルシェの方に行った。
「キングさん」ボクは言った。「ハマー博士からあなたの状況について伺いました」
「何の状況?」キング氏は素早く尋ねた。「私は知らないんだが」
ボクは違うアプローチを試みた。
「ボクはあなたの好みが素敵だと思います」
「おー、そうです。彼らはとても愛らしいでしょう」
「車のことなのです」ボクは言った。
「そうでしたか」彼は笑って「えーっと、先生、お名前は何と言われましか?テンダーカン?」
「テンダーマンです」とボクは訂正した。
「そーそー、テンダーマン。よいお名前で。どういう鳥がお好みでしょうか。素早くお答えください」
「ツバメです」ボクはびっくりして答えた。
「ツバメ? なぜ、ツバメなのですか」キング氏は一羽でも見えるかと思って空を見た。
「なぜ、ツバメではだめですか。彼らはきれいで、早く飛びます」
「でも、名前を聞いてください。ツバメ。あまり耳に聞き心地がよくないでしょう。どうですか」
「キングさん。僕たちは今直ぐにツバメのことを気にかけないでよいでしょう。自分たち自身、あなたのことを心配しないと」
ボクは間を置いて「数日間、ここに滞在されるのがあなたとご家族にとって一番良いように思います。ここの施設に居られて必要なものを見つけられると確信します」
キング氏は目を落として「ここにいる?」と言って、声が突然悲しく響いた。
「どん底状態になる前の数日のことです。専門家の世話があるところの方が良いでしょう。そう思われませんか?」
銀行家はボクを見てうなずいた。
「はい、そう信じます」銀行家は囁いて「どのくらいの期間?」
「それは難しいです。ベストのときをご存じで、気分が良くなれば、出ていけます」
「でも、仕事が。全てのやり取りが。私はスイートルームで少なくとも3つの電話と、携帯電話が充電できないと」
「ボクのできることはやります」ボクは言った。
「スイートをお約束できるかどうかは分かりませんが、多分お部屋はそうなると思います」
「でも、電話機を3つ」と固執した。
「電話機3つ」
「女性たちはどうなりますか。私が必要ですが」 銀行家はロザンナとセシールを見た。二人はそばのベンチにすわって池を見ていた。
「ご心配なく。お二人はご自身のことを面倒みられます」
「でも、彼女らはとても若く、とても綺麗で、貧乏なので。これまでお金がない状態で、モデルになりたいのです。」
「彼女らは間違いなく生き残ります。ご心配なく」
「これを」キング氏は手をポケットに入れた。
「この小切手をあげよう。私のちいさな小鳥たちが十分に食べるものがあることを知っておくと気分良いので」 彼は小切手帳を引っ張り出し、数字を書いた。
「これを二人に渡して、直ぐに現金化するようにと言ってください」 キング氏は小切手を切って、ボクに手渡した。ボクはあえて数字を見ず、折りたたんだ。
「勿論です、キングさん。お渡しします」
「直ぐに現金化するように伝えて」
「そうします」ボクは言った。そのとき、ボクのアイディアが実に輝かしく天啓のように極めて明確となった。シモーヌとのことが崩壊して、神々はボクに埋め合わせできるように望んでおられる。ボクはボスに手を振った。ボスはポルシェのハンドルのところに座って右左に回して後ずさった。ボクはキング氏と車に行き、もう一度握手をした。
「ハマー所長にお任せしますよ」ボクは言った。「行かなければ」
「テンダーマン君、待ちたまえ!!」と叫んで車から這い出てきた。彼は私を銀行家から遠ざけた。「彼に何か言ってただろ?」
「ボクはこの二三週間ここに滞在するのが最善でしょう」と話した。ページ37
「一たび、上昇気分になれば、ここから出られるし、電話機3台を揃えるよと約束しました」
「何で3台の電話がいるのかね」
「ここにいる間仕事をしたいのだと思います。ボクは数日後に電話回線を切って話し中の信号を出すよう鬼しておけばよいと思います。そして、携帯電話は充電できないようにします」
「賢い」ハマー所長は囁いた。「で、君はどうするのかね」
「本の仕事をやります。6週間内に仕上げられると思います。北へ行って、海のそばにある小屋を借りて、昼夜仕事をします。」
「6週間も? 分からんが、長いね」
「でも、時間を十分にかけたいんです。ボクの本は大評判ですよ」
「分かってるよテンダーマン君、何をしてあげられるかね」
「もし、給料をカットしたければ、それでいいです。今の75%あれば暮らせますから」
「おー、テンダーマン君、それはいい話になるかも。君が本を仕上げて6週間後に戻ってきたときの条件として、75%の額で、と伝えると喜ぶだろう」
「ボクは行かなければ」と言った。「今日、小さな小屋に出発します」
「君の決定を称賛する」ハマー所長は言って手を握った「幸運を、テンダーマン君。連絡くれるね?」
「はい、所長」
ハマー所長は銀行家の方に行き、二人はボクに手を振った。それから、二人はメインビルの方に歩いて行った。ロザンナとセシールは未だベンチに座っていた。
「ボクに考えがある」と言って「僕と一緒にLAに行ってローラおばさんとメキシコに行ってくれるととても面白いな、興奮するな」
双子は互いに見合った。
「正気ではないのでは?」セシールが言った。
「冒険だよ」
「でも、キングさんは?」
「彼はしばらくここに滞在する」
「まじめな話?」
「そうだよ、彼が落ち込んでいる間我々が彼の面倒みるんだ」
「我々って?」ロザンナが尋ねた。
「彼らで」ボクは言った。
「ところで彼からの預かり物がある。君たちにって」
ボクはロザンナに小切手を渡した。彼女は数字を見て、妹に見せ、互いに見合わせた。
「彼は、今日直ぐに現金化するようにって言ってたよ」ボクは間を置いた。
「で、ボクの誘いにのるかい?」
沈黙があった。
「のるわよ」二人は同時にそういった。
「じゃ、行こう。銀行が閉まる前に小切手を現金化しよう」
双子は立ち上がって手に手を取って歩いた。ボクは神に感謝し、キング氏に感謝し、もう一度振り返った。ある女性がメインビルの窓からボク達を見つめているのに気付いた。マルタ・バン・ザント博士ではないかな?
その7に続く