“ローラおばさんと踊る”
原題(Original title):DANCING WITH AUNT LOLA
著者(Author):Prof/Dr. Jürgen Kleist<http://jurgenkleist.com/>
マルタ・バン・ザント博士ではないかな?
その7
双子が小切手を現金化した後、と一緒にタクシーでボクの家に行った。ボクは戸を開け、フレッチャー夫人に手を振った。彼女は詮索好きな隣人でうんざりした様子でボクと双子を見た。ボクは新聞を取り、猫に餌をやり、双子に家の中を案内した。浴室に来たとき何気なくお風呂に入ることを誘った。
「一緒に?」セシールが尋ねた。
ボクは肩をすぼめて「水を節約できる」と言った。ロザンナは浴槽を見て「大きいわね」と言った。
「特注なんだ」とボクは誇らしげに言った。
「最近はやりの小さな浴槽には我慢できないんだ。入浴という美のセンスを我々の文化はなくしている。シャワーを浴びることしか知らないのだ。そんなものは雨の中に突っ立っているようなものだ」
「私は雨の中に立っているの、好きよ」セシールは反論した。
「セクシーよ」とロザンナが加えた。
「そうかい」ボクは言った。「冷たい雨の中に立っているのはセクシーかもしれないが、ステレオをつけてスチームバスに座って、エキゾチックな匂いを吸い込み、冷たいシャンペンをすすって、、、。ところで、冷蔵庫に冷えたエイシックシャンペンのボトルがあるよ」
「本当に?」セシールは興味を持った。「私達、ほとんど互いに知らない間柄なのに」
ボクはキャビネットに行ってお気に入りの香水を幾つか取り出した。
「目を閉じて」ボクは言った。「これで気持ちが変わるよ」
「それ何?」セシールは疑り深くボクを見た。
「怖がることはないよ」ボクはやさしく言った。二人は目を閉じ、ボクは二人の鼻先に効果の高い万能薬のビンを持っていった。その香りは、ハーブと香辛料、エキゾチックな植物のオイルと樹液の極秘混合物だった。そのビンはシベリアの呪術師ウグリからもらったもので、呪術師とは一度ダブルエスプレッソとダニッシュを出すコーヒーショップであったことがあり、暗視ゴーグルとの交換だった。ウグリは自分のことをフクロウだと言い、土曜日には赤狐になって、地方のフォード工場での夜勤で前照灯と尾灯を備えつける仕事をしていた。その日は、ぼく達は結構長く一緒で、彼のことをよく覚えていた。
ボクはセシールとロザンナの顔を見て、その香りが二人の脳にどのように効き始めているかを観察した。まず、二人の顎は少し落ち込み、二人はより深い息を吸い、目を開けた時には素晴らしい柔らかな明るさが出始めた。ボクは自分でも匂いを嗅いでみて、浴槽に歩いて行き、お湯の蛇口を開けて言った。「シャンペンはいかが」
「下さい」二人は声を合わせて言った。ボクは台所に行って、ボトルをさっと手にし、シャンペングラス3つと一緒に浴室に戻った。双子は既に浴槽に中に入って、あったかいお湯につかって、泡で遊んでいた。 ボクはシャンペンを注いで乾杯した。
「素晴らしい夕刻に」と言ってグラスを上げた。ボクたちは飲んで、また注いだ。そして服を脱いで浴槽にスッと入った。二人は直ぐにボクを泡まみれにした。ボクは目を閉じて二人が優しくしてくれるのを楽しんだ。人生はとても美しく、間違いなく美しい。さまよう気持ちで、机に座って、オフィスにいて、全くあるいはほとんど意味のない語句をタイプしている大勢の人達のことを思った。セシールそれからロザンナの背中を手で撫でながらー雨の日に外で働かなければならい人達、道や家を作り、といった人々のことを思った。勿論、病床にいるかわいそうな人々、病院食を食べなければならない人々のことも思った。—そう、僕の心は彼らとともにあり、新たにグラスを掲げ、喜びと祭りの感覚で飲み干した。人生は美しく、大事にしなければ。ボクは真っ直ぐに座って寄りかかって、キスをし、女性たちの乳房を愛撫始めた。-そのとき突然に電話がなった。
ボクは大きな咳をしてその音をカバーしようと最善を尽くした。
「電話がなってる」セシールが言った。
「違う、ボクだよ」と言った。
「電話よ」ロザンナが繰り返した。
「分かった、分かった。出るよ、ちょっと待って」ボクは浴槽から出て電話のある方へ行った。
「もしもし」と受話器に叫んだ。
ローラおばさんだった。
「何か邪魔した?」と訊いた。「元気?かわいいカートちゃん」 ボクは冷たくなって、電話を持って浴室に戻った。
「大丈夫だよ」と答えた。「で、おばさんは?」
「おー、あなたのローラおばさんは体調良いなんてことはないのよ」と高い声で言った。
「そー、それはそれは」
「赤いのを2つ、紫を1つ」
「薬のこと?」
「そー、赤いのを2つと、大きな紫を1つ。今どこなの?今日こちらに来るって言ってたわよね?」
「できなかったよ、おばさん。所長に呼ばれて施設に行ってたんだ。行かなければならなかった。ごめん」
間があった。
「未だLAにいるの?」ボクは尋ねた。
「だいぶ良くなったわよ、ともかくも」ローラおばさんが言った。
「多分、自分でメキシコにドライブするか、あるいはチャックがドライブするわ」
「チャック? チャックって誰?」
「恋人よ」ローラおばさんは叫んだ。ボクには男の人が後ろでブツブツ言っているのが聞こえた。
「私の新しい若い恋人よ」とおばさんはまた叫んだ。
それから、また間があった。
「LAのおばさんから?」セシールは尋ねてボクを見た。
ボクはうなずいて「そー、おばさんだ」
「誰と話してるの?」おばさんが電話で言った。「あの女(ひと)なの?なんていう名前?」
「シモーヌだったかな?」
「そー、この間浴槽であなたと一緒だったシモーヌね、きっと」
「違うよ、それは友人だよ」ボクは注意していった。
「また、浴槽にいるの?」
「そー」柔らかく言った。でもおばさんはかえって声を大きくしてバスルームにいる全員に聞こえるように叫んだ:「その女(ひと)と話させて!」
「ローラおばさん。折り返し電話するよ」
「その女(ひと)と」と声をあげて、「そしてそれからチャックに、かわいいカートが浴槽にいるんだけど、別の女性で、昨日の女性ではないのよ」 チャックは何かをぶつぶつ言った。
「彼女って?なんて名前なの?」
「LAの天気はどうですか」と尋ねた。「晴天?あるいは少し雨模様?」
「カート、話を変えないで。勿論、晴天よ。いつも晴天よ、ここは。もし、晴天でなければ、灰色よ。で、いま浴槽に一緒にいるのは誰なの?」
ボクは降参した。
「実は、ローラおばさん、二人の女性がいて、セシールとロザンナというんだ」
電話の向こうでは一瞬の沈黙があった。それから、ローラおばさんは少し声を殺してチャックに、カートが一人ではなく二人の女性が浴槽にいることを伝えた。ボク達にはチャックが電話にもっと近づいた気配が聞こえた。
「私に飲み物を」とおばさんが言ったのが聞こえた。「そして、何か音楽をかけて」
チャックは電話から歩いて離れた。「マティーニ、強めに。彼はまたどんちゃん騒ぎをしてるわ」ローラおばさんはチャックの背中に叫んだ。
「折り返し電話するよ」ボクは電話に言った。しかし、おばさんは応答しなかった。
チャックが近くに来て、一飲みして、軽く小さなげっぷをし、それから、ローラおばさんの声で再び、おばさんがもう一杯飲み、タンゴを頼んでいるのが聞こえていた。
疑いの目でボクを見ているセシールとロザンナを見た。ボクの足は冷たくなり、浴槽に戻った。ボクはシャンペンボトルを指し示して、グラスに注いで欲しいことを示した。ロザンナが注いでグラスをボクにくれた。
「ローラおばさん?」ボクは電話に叫んだ。「聞いています?」
「勿論よ、いるわよ、、、急いで」おばさんはチャックに大声で言った。
「ローラおばさん」ボクは言った。チャックと話しており、音量を上げるように言った。ボク達には、スロータンゴの出だしの部分が聞こえてきた。
「カート、どこ?」おばさんはボクに尋ねた。
「ボクはシャンペングラスを手に持って浴槽に立っているよ」
「それって、危なくないの?」おばさんは注意した。
「酔っぱらってはいないよ」ボクは答えた。
「浴槽に電話持ってて、感電しないの?」
ボクが答える前におばさんは、チャックにボクが電話を持って浴槽の中にいると声高に言った。
「女の子たちも一緒なの?感電しさせてしまうわよ。浴槽から出なさい!」と叫んだ。
「ポータブル電話だよ、心配ないよ」
「そう言う類のものを信用できるかい?」おばさんは言った。「安全なものなんて何もないよ。私のトースターはこの間変なことになったよ。パンを入れたら、直ぐに飛び出して、まるで攻撃されてるみたいになった。あの歌知ってる?」
「どの歌?」
「あのタンゴよ。聞いて」それからおばさんはチャックに叫んだ。
「音を上げて、カートが聞こえないわよ」
ボクは受話器を耳から離さなければならなかった。キーンという雑音が部屋中に広がった。
「何飲んでるの?」ボクはおばさんが叫ぶのが聞こえた。
「シャンペンだよ」と叫び返した。
「乾杯」おばさんが叫んだ。
「乾杯」ボクも言ってグラスを空けた。
「私と踊らない?」おばさんが言うのが聞こえた。ボクはロザンナを、それからセシールを見た。双子は互いに見合わせ、半分面白がって、半分怖がって。ボクは肩をすぼめて、浴槽から出て、明りを落とした。ボクは受話器を置いておばさんとスロータンゴを踊り始めた。折々にボクは双子がちらっと見ており、ボクの動きを追い、特にボクが屈んだり、おばさんを放り投げたりしたときは。美しいダンスでボクは目を閉じた。ローラおばさんはボクの腕の中で羽のようで、頬を寄せ、キスをした。
「とてもよかった」ボクは音楽が終わった後、電話に言った。「すばらしい」
「とても良いダンサーよ」とおばさんは言って、息を継いだ。「ありがとう、かわいいカートちゃん。さー、かわい子ちゃんたちが焼きもちを焼く前に、戻っていいわよ」
「おばさん、まだボクにLAに来て欲しい?」ボクは注意深く聞いた。
「今日はとっても気分がいいの。昨日は、みじめな感じだったけど、今日は最高よ。薬が効いてるわ。そうは思わない、カート。チャックがここにいて、彼とは今朝出会った。彼は、愛しの人よ。テニスが好きで、筋肉質で。メキシコには行きたくない。私達、明日ラスベガスに立つの。ブルーナイルというエチオピア料理のレストランがあって、そこでは手で食べるの。とても、官能的。神様、とてもいい感じだわ。ゴールドスタイン先生とは今朝話をして、とても良い気分なことを話したの。先生は、処方した薬を飲んでいれば大丈夫だって言ってたわ。もし、落ち込むことがまたあれば、用量を倍にするようにって。先生に訊いたわよ、いつ死にますかって。とっても怒って、神様ではないよ。私がいつまいっちゃうか、来週のことかもしれないし、来年かも、あるいはまったくのことか、誰にもわからない。これ、信じる?決してないかもって言うのよ。私は決してないというのは問題外で、だって人はみんな死ぬし、それに先生に永遠に治療費は払えないわよ。先生は皮肉っぽく言っただけだと言ったわ。私がいつ死ぬかっていつも尋ねるものだから、それが神経にさわってるのよ。『すみません、ゴールドスタイン先生、私くらいの年の女がいつ死ぬか知りたいのは正常ではないですか』でも、先生は『毎日訊くのは正常ではないです。そして朝の4時ごろに家に電話してきて言うのは』」
ローラおばさんは声を低めて「私はそのとき2度電話しただけで、時間当たり450ドルを支払えと請求するの。あー、ではね、ビッグキス。女性二人のところに戻っていいわよ」
「ビッグキス、ローラおばさん」と言って受話器を見つめた。電話は切れた。
「ねー」と言ってセシールは浴槽から出て「帰った方がいいみたい」
妹はうなずいて、二人はタオルを掴み、繊細な体を包んだ。
「これは、少し過剰ね、私達には」ロザンナが言った。
「彼女はダンスをしたかっただけなの、、、」
「あー、そうね。ダンスしたかったのね」セシールはあてこすりながら「私たちは帰りたいだけなの。近寄らないで」二人は防御姿勢のように腕を上げた。
「どうしたんだ?」ボクは尋ねた。
双子は急いで服を着て、バッグを引っ掴んだ。
「私たちは色々と見てきたわ。でも、精神異常のおばさんと電話でタンゴを踊る裸の男の人なんて見たことないわ。おばさんは死の床にあって、今朝はある愛人を呼んで、薬を一杯飲んで、いつ死ぬかって訊いてお医者を困らせてるという感じのおばさん」
「で、それって帰ること?」
「そー、帰る」
「分かった」ボクは言った。「不思議に見えたかもしれないけど、毎日のことではない。ねー、一緒にもっと楽しもうよ」
「きっとね『彼はまたどんちゃん騒ぎをやっているの』」とセシールがローラおばさんの声色を使って言った。二人は出口に歩いて行き「私達とではなくね」
ボクはタオルを掴んで腰に巻いた。
「OK、じゃーね」と言ってドアを開けた。勿論、隣のフレッチャー夫人はそこに立っていてとても無愛想な様子でボクを見た。双子は去って行った。ボクは戸を閉めて浴室に戻って、鏡を見た。「なぜだ?」ぼくは自問した。「なぜなんだ?」
ボクは自分の美しい像を暫く見つめた。皺の一つもない。神はぞっとするゲームでボクと遊んだ。ボクは女性に運がないのだ。浴槽には入らせるられるが、そこまでだ。ボクは沈黙して祈った。
突然にドアベルが鳴った。「二人が戻ってきた」ボクは叫んだ。「帰ってきた」神に感謝した。
ボクは出口に走って、戸を開け、目を天に向けて叫んだ。:「セシル、ロザンナ、戻ってくれたんだ」 目を落としたら、そこにはシモーヌがいて顔色は青白くかった。涙がいっぱいで。ボクは何かを口ごもった。それから、シモーヌは大きく広げて持っていたバラの花束を床に投げ捨て、踵を返して行ってしまった。ボクはひざから崩れ、はた目にもわかるくらい震えて、バラの花を拾った。フレッチャー夫人はボクを見つめていた。
「シモーヌ」ボクはつぶやいたが、彼女は去ってしまった。ボクは中に入り、花束をゴミ箱に投げ入れ、コニャックを注いだ。ボクは飲んで、またグラスに注いで電話の方に行った。ボクはダイヤルし、電話の一方の端で呼び出す音を聞いた。やっと、受話器が取られた。
「バン・ザント博士ですか」ボクは柔らかく言った。
「そうです」彼女は言った。彼女の暗い、さみしい声にボクは身震いした。
再び、ボクは星がいっぱいの夜のなかにいる自分を想った。ボクはマルタ・バン・ザント博士が操るラクダに乗っていた。彼女は黒の遊牧民衣装を着ており、茶色の長い髪の毛は砂漠の風に揺れていた。
「施設でお見かけしました」とボクは言った。
「そーですね、いましたよ」彼女の声はビロードのような音色で、溶けてるチョコレートのようだった。
ボクは二人がオアシスでキャンプし、ワインを飲み、イチジクを食べ、火を見つめているのを思い描いた。
「歌を歌いますか?」と尋ねた。
「歌いますよ」彼女は答えた。
「どうか一緒に歌ってください」と言った。
沈黙が一瞬にあって彼女は歌い始めた。ボクは火のそばに並んで横たわるのを見、周りの空気は彼女の声で包まれ、二人は夢のベッドと月に、星に向かって、宇宙の彼方へと昇って行った。
(完)